放射性炭素が明かす気候変動

地球温暖化

化石燃料

温室効果ガス

はじめに

地球温暖化にともない、近頃、気候が大きく変化しているように思われます。この温暖化は、化石燃料の燃焼にともない大気中の温室効果ガス(二酸化炭素:CO2 /メタン:CH4等)の濃度上昇によるものと考えられています。この化石燃料から排出される CO2の影響評価には、放射性炭素(14C)が役立ちます。化石燃料に含まれる炭素に14C は含まれてなく、それに対して現在生きている生物内の炭素には14C がほぼ一定量含まれているのです。木の年輪を利用して過去の14Cの割合を現在のものと比較すると、14Cの濃度は低下してきており、産業革命以降の化石燃料の影響が増加していることが分かりました。

図1

温室効果の原理:太陽光で暖められた地表面から発生する赤外線を、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素〈CO2〉、メタン〈CH4〉、亜酸化窒素〈N2O〉等)が吸収することにより、大気の気温が平均約14℃に保たれている。
※温室効果ガスは、人間活動がなくても元来自然界に存在する

地球の温暖化

過去の地球の気温の変化を見てみると、氷河期と呼ばれる非常に気温が低かった期間と、現代より気温が高かった期間があります。現在の地球温暖化は何が問題なのでしょうか。
このことを理解するために、地球の気温がどのような過程で決まっているかを示し、人為的な化石燃料の燃焼によるCO2発生量増加が原因で、温暖化が進んでいることを説明します。

〈1-1 地球の気温〉

地球の平均気温は約14℃です。この気温は、太陽からの熱輻射量と大気中の温室効果ガス(CO2)の濃度でほとんど説明できます。地球に大気がなく、太陽からの熱輻射を全て吸収した場合の気温は-18 ℃で、今の平均気温より低くなります。つまり、大気中の温室効果ガスが、太陽光が地表を暖めて発生する赤外線を吸収することによって、現在の気温が保たれているのです。(図1)。したがって、現在の気温を維持するために温室効果ガスは必要で、問題になっているのは、人間の活動により大気中の温暖化効果ガスであるCO2の濃度が急激に増加していることだと分かります。
この人間活動とは、化石燃料の燃焼のことであり、次の章で、なぜ化石燃料の燃焼が問題かを説明します。

〈1-2 化石燃料〉

化石燃料は、主に石油・石炭のことであり、これらは古代(数千万年-数億年前)の植物やプランクトンが堆積したものが変質し、時間が経過して固体または液体の炭素を含んだ化合物に変質して地中に埋まっているものです。これらのものを燃焼するとCO2が発生します。人類のエネルギー生産の大部分は石油や石炭に依存しているため、人類の活動が大きくなると当然化石燃料燃焼によるCO2の発生量も増え、大気中のCO2の濃度も増加します。しかし、環境には物質循環という現象とCO2を吸収するものが存在するため、CO2の濃度は一定に保たれているのです。CO2を吸収するものとしては、海洋・植物・岩石があり、海洋によるCO2の吸収(溶け込み)が大きな役割を果たしています。もちろん植物もCO2を吸収して、酸素を放出する大きな役割を果たしています。これらの吸収量より大きな発生量があると、CO2の濃度は増加していきます。物質循環という観点で炭素の循環を見てみると、化石燃料の燃焼がなく、植物を燃やして燃料とした場合、環境中の炭素の量は一定に保たれています。つまり、物質循環という立場で考えると、環境中の炭素量(CO2)がほぼ一定に保たれている状態に、人間のエネルギー消費のために古代に閉じ込められていた炭素つまり化石燃料の炭素(CO2)を加えてしまうことに大きな問題があり、環境を大きく変化させてしまう可能性があるのです。

放射性炭素(14C)

「化石燃料の気候変動とのかかわり」を理解するためには、化石燃料由来の炭素成分の指標として14Cは非常に有効な指標となります。なぜなら、化石燃料由来の炭素に14Cは含有率(0%)で含まれていない一方で、現在生きている生物由来の炭素には14Cが一定量ふくまれているからです。

図2

自然界の炭素の同位元素:炭素(C)の陽子数は6個で、環境中には中性子数6個(12C), 中性子数7個(13C), 中性子数8個(14C)の炭素の同位元素がある。このうち14Cが放射性である。

〈2-1 炭素の同位元素〉

14Cがどのような炭素であるのか、放射性とはどのようなものか、元素記号Cの左上の数字「14」について説明していきます。
14CのCは炭素の元素記号です。元素は、原子核とそれを囲んで存在する電子で構成されています。原子核は、陽子と中性子という素粒子で構成されていて、陽子は+の電荷をもっています。元素の種類は、陽子の数で決まります。たとえば、水素H(陽子数1)、ヘリウムHe(陽子数 2)、リチウムLi(陽子数 3)、ベリリウムBe(陽子数 4)、ホウ素B(陽子数 5)、炭素C(陽子数 6)、窒素N(陽子数 7)、酸素O(陽子数 8)のように、陽子数に対する中性子数により元素の性質、重さや放射線を出すかどうかが決まります。
ある陽子数(同じ元素)に対する中性子数にはいくつかの可能性があります。したがって、同じ陽子数(元素)に対して異なった中性子数をとることになり、重さの異なる原子核が存在できることになります。この同じ元素(同じ陽子数)で中性子数(重さ)の異なる元素同士を同位元素といいます。ある陽子数に対して中性子数はいくつかの可能性があると述べましたが、どのような陽子数と中性子数の原子核でも必ず安定するという訳ではありません。無理やり原子核に詰め込んでいる場合があるからです。このような場合には、安定した原子核になるために、放射線を出してより安定した原子核になっていきます。
以上の同位元素の説明を炭素に当てはめてみましょう。炭素の陽子数は6です。これに対して中性子数が6(12C)、7(13C)、8(14C)の炭素の同位元素が自然界に存在していると知られています(図2)。この炭素の同位元素の中で、安定な(放射線を出さない)同位元素は12Cと13Cで、14Cは放射線を出して14Nに変わってしまいます。
では、前章までに登場してきた14Cはどうして自然界に存在するのでしょうか。それは、14Cは宇宙線によって大気中で定常的に生成され、天然放射性元素として存在するからです。ここでは、14Cは放射線を出す炭素であり、自然界に存在することを覚えておいてください。

〈2-2 自然界の14Cの発見〉

放射線を出して量を減らしていく放射性同位元素でない炭素は12Cと13Cしかないので、当然自然界には12Cと13Cしかないと、1940年ごろまでは考えられていました。しかし、Libbyにより自然界に14Cが存在することが発見されたのです。
1940年以降、放射線を測る技術は進歩し、宇宙から宇宙線と呼ばれる放射線も飛来して来ていることが発見されました。そして、この宇宙線が大気中の窒素(N)と衝突することにより14Cが生成され、自然界に14Cが存在することが予想されたのです。この予想の元、Libbyにより自然界に14Cが存在することが発見されました(1945年)。

〈2-3 14Cの崩壊様式と存在量〉

14Cはベータ崩壊し(安定な14Nにベータ線を出して変わり)、半減期(放射能が半分になる期間)は5700年です。放出されるベータ線の最大エネルギーは120keVで、ガンマ線は放出しません。自然界の炭素には、安定炭素(12C)1個に対して10-12含まれています。この割合だと、現在の自然界の炭素1gの放射能は約0.2ベクレルになります。14Cの放射能の半減期は5700年、つまり14Cが生成されて5700年経過すると、14Cの放射能は半分になります。そして、57000年で約1000分の1になるのです。石炭、石油は、古代(数千万年~数億年前)の植物、プランクトンの死骸なので、14Cは含まれません。そのため、化石燃料が燃焼して発生するCO2には14Cが含まれておらず、このCO2が環境を循環することから、化石燃料の影響によって環境中の14Cの濃度(14C/12C:12Cに対する14Cの割合)が低下することとなります(図3)。

図3

自然界の放射性炭素(14C) : 自然界の放射性炭素14C は宇宙線と大気の窒素(14N)の反応により日々生成されている。物質循環の作用により、自然界の二酸化炭素(CO2)に含まれる14C の濃度は一定量に保たれている。そのため、木材を燃焼しても自然界の 14C の濃度には変化が起きない。一方、太古の植物やプランクトンから生成された石炭や石油などの化石燃料を燃焼させて発生するCO2には14C が含まれていないため、化石燃料の影響が大きくなると14Cの濃度(14C/12C:12Cに対する14Cの割合)は低下する。

気候変動と14C

まず、1820~1954年の年輪中の14Cの濃度の変化のグラフ(図4)を示します。データの試料は、米国オリンピック国立公園内のアメリカトガサワという木から採取したもので、年輪を利用して1820~1954年のほぼ毎年の放射性炭素14Cの濃度を推定しています。14Cの濃度の値(Δ14C)は、基準となる試料との14Cの放射能との比で示し、1950年を-25‰としました。‰とは1000分の1(0.1%)のことです。14Cの放射能は半減期5700年で減衰していきますが、この補正もしています。
このグラフは、年輪の14Cの濃度を示しており、過去からの大気中14Cの濃度の推移が推定できます。米国の1地点のデータではありますが、CO2の化学的安定性より地球大気の平均的な濃度を示していると考えて問題ありません。1820~1900年は緩やかな減少傾向ですが、産業革命が始まってから14Cの濃度が低下しているのが見られます。1900年以降は急激に減少し、化石燃料の使用が急激に増加していることがうかがえます。最後のデータの1954年で少し増加しているのは、大気圏内の核実験の影響と思われます。
このグラフのデータより、最近のCO2の増加は化石燃料燃焼からのCO2によるものと、放射性炭素14Cの濃度低下(つまり14Cを含まない化石燃料燃焼のCO2の増加)であると示されました。一方で、約13000年前に14Cの濃度上昇と気温の低下の記録があり、人間活動によらない14C増加と気温変化もあることがわかっています。
近年のCO2の増加とそれにともなう気温上昇は、気候変動に関する政府間パネル(Intergovermental Panel on Climate Change:IPCC)が認めるように化石燃料消費によるもので、われわれの取り組む課題は、「どのようにして化石燃料の燃焼をなくしていくか」だといえるでしょう。

図4

米国オリンピック国立公園内のアメリカトガサワの放射性炭素14Cの濃度(Δ14C)の推移。年輪を利用して年変化のデータが得られた。データは、M. Stuiver and P.D. Quary , Atmospheric 14C changes resulting from fossil fuel CO2 release and cosmic ray flux variability, Earth and Planetary Science Letters, 53(1981) 349-362 から引用。

提供
大阪公立大学 放射線研究センター
伊藤 憲男 助教