クルックス管を用いた実験の注意点

放射線教育

クルックス管

理科実験

クルックス管とX線

クルックス管は、中学理科では電流は電子が流れていると言うことを理解するために用いられていますが、19世紀末にレントゲンによるX線の発見、トムソンによる電子の発見の際などに用いられ、その後の科学の発展に極めて重要な役割を果たした装置です。レントゲンが発見したように、高電圧で加速された電子がガラス管に衝突するとX線が発生するため、不要な被ばくを抑える必要があります。これまでに確認された最も高い線量を漏洩する装置では、15cmの距離における10分間の実効線量が3.3mSvという高い線量を示しました(詳細な実効線量の評価は現在検討中で、保守的に評価した値です)。放射線が漏洩していることを知らずに近距離で長時間観察を行うなど不注意な取扱いを行うと、大きな線量を被ばくする恐れがあるため、以下の注意点を守って実演を行う必要があります。

クルックス管実演時の注意点

  • 放電極を必ず使用し、放電極距離は20mm以下とする。
  • 放電極表面は清浄にした上で、円板電極側を-極にする
  • 誘導コイルの放電出力は、電子線の観察ができる範囲で最低に設定する。
  • できる限り距離を取る。生徒への距離は1m以上とする。
  • 演示時間は年間10分程度に抑える。

誘導コイルの設定

クルックス管への高電圧の印加には一般的に誘導コイルが用いられますが、その設定条件によって漏洩する放射線量が大きく異なるため、この誘導コイルの設定が非常に重要です。
高電圧の出力を取り出す端子には、放電極が取り付けられています。印加される電圧が放電極間で空中放電を起こす電圧(電極間距離1mmで約1kV程度)を超えると、雷のような火花放電を起こして空中に電流が流れ、並列に繋がれているクルックス管にそれ以上の電圧が印加されないようにする「安全弁」の働きをします。また、どの程度の距離で放電が起こるかで、おおよその印加電圧を知る事が出来ます。ダイヤルによって放電出力を上下出来る装置もあり、放電が起こる電圧以下での電圧(及び電流)をコントロールできますが、観察を行うのに必要最小限にとどめる必要があります。放電出力ダイヤルは絶対的な電圧はコントロールできず、後述するように、使用するクルックス管によっては電流が流れにくく、高い電圧が意図せず印加される場合があります。さらに、クルックス管を繋いでいるケーブルが外れた場合に内部に高い電圧が印加され、焼損するなどの危険があるため、安全装置として放電極を必ず使用しましょう。そして、電圧が上がると漏洩するX線量が急激に上昇するため放電極間の距離は20mm以内としましょう。

出力端子に取りつける放電用の電極には、針状のものと円板状のものが対になっており、円板電極を-極にするとはっきりとした火花放電が見られます。放電極は最大電圧を抑制する安全装置であるので、放電が起こりやすくするために、表面のサビなどは取り除いて清浄にした上で円板電極を-極にします。

クルックス管の仕組み

クルックス管の電子源は冷陰極と呼ばれており、フィラメントなどが無くても高い電圧を印加するだけで電子線が発生します。管の内部は真空に引かれていますがそれほど高い真空度では無く、若干の気体が残存しています。自然放射線などによって電離した陽イオンは、陰極に向かって加速されてぶつかり、二次電子を放出します。放出された電子は逆に陰極から離れる方向に加速され、ガラス管にぶつかって制動放射X線を放出します。ガラス中での20keVの電子の飛程は5μm程度で決して外に出てくることは無く、多くのX線もガラス管によって遮蔽されています。しかし、エネルギーの高い一部のX線はガラス管を透過して外部に漏洩します。漏洩したX線は最終的に光電効果を起こして電離作用を示します。
クルックス管内の気体がガラス管壁に吸着するなどして少なくなると、電子が発生しにくくなるため高い電圧が意図せず印加され、加速エネルギーが大きくなり発生するX線のエネルギーが高くなります。少しエネルギーが高くなるだけでX線の透過率は急激に高くなります(15keVと30keVでは透過率が100倍異なる)。そのため、電流は小さくても高い線量のX線が漏洩することになり、危険です。これを防ぐために、放電極の距離を20mm以内として、それ以上の電圧がクルックス管にかからないように注意する必要があるわけです。

空中放電が激しく起こるにもかかわらず、クルックス管に流れる電流が小さく電子線の観察がしにくい装置は、寿命を迎えた物と判断し買い換えを行うか、十分な遮蔽を行い線量の確認を行うなどの追加の安全措置が必要です。しかし、クルックス管からのX線はエネルギーが極めて低く、パルス状に放出されているため、一般に入手できるサーベイメーターでは測定は非常に困難です。5kV以下の低電圧で動作する製品が市販されており、内部でX線が発生しても透過力が極めて低く外部に漏洩しない固有の安全性をもつため、このような製品への買い換えを推奨します。

放射線防護の三原則

誘導コイル運用条件を守ることで、X線の発生源の強度を小さくすることができます。それに加えて、放射線防護の三原則「距離を取る、遮蔽をする、時間を短くする」により、観察時の被ばく線量を無視できるレベル(ICRP Pub. 64 に示される国際的な免除レベルである、実効線量10μSv)まで低減することが可能です。

「距離を取る」
 クルックス管から放出される放射線の強度は、距離の二乗に反比例して小さくなり、十分な距離を取ることで容易に安全を確保出来ます。

「遮蔽をする」
 クルックス管から放出されるX線はエネルギーが20keV程度しか無く透過力が小さいため、2mm程度のガラスによって1/50程度にまで線量を落とすことが出来ます。

「時間を短くする」
 観察時間が長くなると単純に時間に比例して被ばく線量が高くなるため、十分なリハーサルを行い実演時間を短縮できるようにしましょう。

実態調査結果

以上の内容を日本保健物理学会の専門研究会において検討し、具体的な運用条件として冒頭の「クルックス管演示時の注意点」が示されました。この注意点を遵守し、追加の遮蔽は行わない条件での全国調査を2019年度に実施し、191本の装置のうち、187本の装置については1m距離、10分間の実効線量が、10μSv以下に抑制されていることが確認されました。最も線量の高い装置でも40μSv 程度であり、ICRP Pub36「科学の授業に於ける電離放射線に対する防護」 では、年間の線量限度を500μSv、個々の授業では50μSvとしており、この指標を下回っています。各学校で使用している装置からの線量を直接確認したい場合、箔検電器を用いた測定や、簡易型の線量計Kind-mini の無料貸出しサービスを用いた測定によりスクリーニングを行う事が検討されています。また、大阪府大に導入したmicroSTAR 線量計システムにより、正確な線量評価体制を構築中です。 詳細については「クルックス管プロジェクト」で検索してみてください。

提供
大阪府立大学 放射線研究センター
秋吉 優史 准教授
URL:http://bigbird.riast.osakafu-u.ac.jp/~akiyoshi/Works/index.htm