量子ビームによる材料の微細加工

ナノテクノロジー

電子ビーム

スマートフォン

はじめに

みなさんは、ナノテクノロジーについて聞いたことがありますか。ミリメートル(mm)の1000分の1がマイクロメートル(μm)、マイクロメートルの1000分の1がナノメートル(nm)です。マイクロメートルよりも小さい構造を使う技術がナノテクノロジーです。ナノテクノロジーの中には、放射線の仲間である電子ビーム(電子線)やイオンビーム(イオン線)を用いて材料に微細加工を施す技術が使われているものがあります。

スマートフォンにも活用されるナノテクノロジー

電子ビームを用いるナノテクノロジー利用の代表例がプロセッサーです。プロセッサーは、パソコンやスマートフォンで人間の大脳にあたる働きをします。プロセッサーは多数のスイッチに相当する回路から成り立っています。それぞれのスイッチがONの場合とOFFの場合を数字の1と0に対応させて、1と0の組み合わせで情報を処理します。プロセッサーに含まれるスイッチ回路の数が多いほど、たくさんの情報を早く処理することができます。すなわち、パソコンやスマートフォンの性能が高くなります。

プロセッサーに含まれるスイッチ回路を増やしたいのですが、プロセッサーが大きくなってスマートフォンをはみ出すようになっては困ります。プロセッサーのサイズはそのままに、含まれるスイッチ回路の数を増やすには、個々のスイッチ回路を小さくすればよいことになります。最近のスマートフォンに搭載されているプロセッサーでは、回路の最も細い部分は100nm(10000分の1ミリメートル)以下になっています。このような細い回路を作製するのに、放射線の仲間である電子ビームが利用されています。

電子ビームについて

電子ビームを作ったり、一点に集めたり、向きを変えるのには電気の力を利用します。電子はマイナスの電気を持った粒子ですから、プラスの電圧がかかっている金属板(陽極)に引き寄せられます。陽極の中央に穴をあけておけば、そこから電子が飛び出していきます。このようにして電子ビームを作ることができます。

では、電子ビームを細く絞って一点に集めるにはどうしたらよいでしょうか。光の場合では、とつレンズを利用して、光の進む方向を中心線に向かって曲げることにより、光を集めることができます。光のレンズと同様の働きを電子ビームに対して行う電子レンズを作ることができます。その基本的な原理は円形の金属にマイナスの電圧をかけるものです。電子はマイナスの電気を持っているので、マイナスの電圧に反発して中心線に向かって曲がります。

電子ビームの向きを変えるのには電子偏向機を使います。互いに向き合った2枚の金属板を用意して電圧をかけます。右側の電極板にプラスの電圧をかけると電子は右に曲がり、左側の電極板にプラスの電圧をかけると電子は左に曲がります。2つの電極板にかける電圧の極性と大きさを変えることにより、電子ビームの方向を左右に変えることができます。このような2枚の金属板を手前と奥にも向き合うようにもう一対設置することにより、電子ビームの方向を自由に変えることができます。

電子ビーム描画装置

電子レンズを用いて細く絞った電子ビームを、電子偏向機を利用してビームの方向を制御し、基板の目的の位置にあたるようにすることができます。試料基板にあらかじめ電子ビームに反応するレジストと呼ばれる物質を塗っておくと、電子ビームが照射されたところに、例えば回路構造を描くことができます。電子ビーム描画装置は、電子ビームを用いて最小幅10nmという細い構造を描く装置です。スマートフォンの動作に欠かせないプロセッサー内部の回路は、このような技術を用いて作製されています。

集束イオンビーム装置

電子ビーム描画装置と同じ原理を用いて、電子ビームの代わりに細く絞ったイオンビームを目的の位置に照射することができます。電子はとても軽いので電子ビームが当たっても材料基板が傷つくことはありませんが、電子よりも7万倍以上重いイオンを当てることにより、材料基板を直接削って加工することができます。集束イオンビーム装置は、イオンビームを使って材料に微細な立体構造を作製したり、材料から微細な部分を切り取ったりすることができる装置です。

提供
大阪府立大学 放射線研究センター
川又 修一 教授
URL:http://www2.riast.osakafu-u.ac.jp/quantum_nano_materials_science_group/