プロフェッショナルの声

放射線の不思議な力に魅了された
滅菌のプロフェッショナル

株式会社コーガアイソトープ
取締役統括部長

廣庭 隆行 さん

身の回りのいたるところに存在する「菌」の中には、体内に入ることで命の危険を引き起こす悪性のものもある。菌による感染のリスクを回避するために、特に医療現場で必要とされるのが「滅菌」だ。今回は放射線を使って滅菌を行う株式会社コーガアイソトープの廣庭さんに話を伺った。

Q.事業内容について教えてください。

私たちは、放射線の1つである「ガンマ線」を利用して、お客様に依頼された製品の滅菌を行い、製品の安全安心をサポートする会社です。
滅菌する対象は6割程度が医療機器。医療機器は患者さんに触れるものですから、そこに菌がいると感染症などのリスクが生じてしまいます。そういったリスクを避けるために、菌を「減らす」のではなく「なくす」ことを徹底しています。
他には食品容器や、化粧品などの滅菌を依頼されます。新型コロナウイルスの流行以後は、医療用ガウンや、PCR検査キットの容器の依頼も増えていますね。

当社の滅菌方法はとてもシンプルです。照射には、ガンマ線を自然放出する「コバルト60」という棒状の放射線源を使用します。コバルト60を何本も組み合わせて照射用線源を作り、その周りをベルトコンベアで囲っています。そこに製品を入れたアルミ容器を載せ、一定間隔で動かすことで、まんべんなくガンマ線が照射されます。

照射用線源の一部を再現した模型。棒状のコバルト60を正方形に並べたものを、さらに組み合わせて使用しています。

自然現象としてガンマ線を放出し続けるコバルト60は、トラブルで照射が止まることがありません。照射のために電力を使用しないので、環境に優しい滅菌方法とも言えます。そのようなメリットもありますが、被ばくを防ぐための徹底した管理も必要です。線源のある照射室は厚さ2mのコンクリートの壁で覆われており、ガンマ線の漏洩を防いでいます。作業や点検などで人が照射室に入る時には、深さ8mの水を張ったプールに線源を沈めることで、線源から放出されるガンマ線を遮断します。
また、コバルト60は年に12%ほど減少するため、毎年補充する作業が必要です。その際はまず、生産国のカナダから日本まで5tもの鉛容器の中に入れられて船で運ばれてきます。さらに当社のある滋賀県までトラックで運んだ後、クレーンで照射室のプールに鉛容器ごと沈め、水の中で線源を取り出し、そのまま水中で線源ラックへの設置作業を行います。このように多くの時間と手間がかかりますが、危険を徹底的に排除しているからこそ、安心して放射線を利用できるのです。

照射室内の様子。ベルトコンベアに載せられた製品に、ガンマ線が照射されます。

プールに沈む線源。放射線と水が反応して、青く光っています。

Q.ガンマ線による滅菌のメリットは何ですか?

滅菌方法としてよく使用されるのは、「熱」「ガス」「放射線」の3つです。その中から対象物の特性に合わせて、滅菌方法を選ぶ必要があります。
ガンマ線による滅菌の良いところをいくつか挙げるとすれば、まずは物質を透過する能力が高い点です。パッケージされた後の製品をそのまま箱の外から滅菌できます。再包装する必要がないため、滅菌後に新しい菌が付着することもありません。複雑な構造の製品でも確実に滅菌できます。さらに、ガンマ線は製品を透過していくので、有害残留物が残る心配もありません。照射後の製品から放射線が放出されることもないので安心できます。また、ガンマ線照射は「熱」による滅菌に比べ温度変化が小さいため、プラスチックなど熱に弱い製品にも適した滅菌方法と言えます。

Q.廣庭さんが放射線に関わる仕事に就いたきっかけを教えてください。

大学時代の教授の紹介で、公益社団法人の日本アイソトープ協会に入職したことがきっかけです。ただ、入職を決めた理由は「社会貢献がしたい」という思いだったので、社会人になるまでは「放射線」の「ほ」の字も理解していませんでした。
本格的に放射線に興味を持ち始めたのは、入職の数年後。放射線滅菌の研究を行う「甲賀研究所」(現:コーガアイソトープ第二工場・滅菌研究センター)に配属されてからです。物を通り抜け、菌を殺すことができる不思議な力に魅了されると共に、放射線技術にさらなる発展の可能性を感じました。その後、「甲賀研究所」はコーガアイソトープ社の施設となることが決定。今後もガンマ線滅菌の不思議な力を広く知っていただくことで社会貢献をしたいと考えたので、私も日本アイソトープ協会を離れ、コーガアイソトープ社に入社しました。

Q.コーガアイソトープ社では、どのような仕事をしていますか?

初めは照射装置の管理を担当していましたが、数年後に営業職になりました。それ以降は事業の営業を行いながら、セミナー、展示会出展、学会発表などで、放射線照射が便利で確実な滅菌技術であることをPRしています。危険なイメージを持たれてしまうことの多い放射線ですが、正しい知識を持って使えば多くの人の命を守る確実な滅菌技術として大いに社会に貢献できます。また、身近にあるさまざまな製品にも放射線照射は利用できるので、この便利で特殊な技術を多くの方に利用していただくことが自分たちの役割だと考えています。

模型を使って説明する廣庭さんの様子。

Q.コーガアイソトープ社は今後どのように発展すると思われますか。

今までは業務の依頼を待つ受け身の姿勢でしたが、数年前から提案型の営業に力を入れ始めました。インバウンドの増加によって需要の増えた化粧品分野に対する滅菌の依頼が増えたのも、その成果のひとつです。化粧品の滅菌には熱やガスを用いることが多いのですが、有害物質を残さず、一度に大量の滅菌が可能なガンマ線滅菌とは非常に相性が良いとされています。ただ、ガンマ線滅菌の利用はあまり普及していなかったため、放射線の利点、疑問点の説明資料を作成し、展示会やセミナーでPRしたところ、多くの方に利用いただけるようになりました。他にも、滅菌業務に加えて、微生物検査や線量計の開発なども行っている当社の強みを、化粧品業界に限らず幅広くアピールしています。ITの導入による品質・効率の向上を進めているので、多くの依頼にもスムーズに対応することが可能です。

開発した線量計と自動測定装置。

搬入物の管理は全てシステムで行っています。

また、放射線技術のさらなる発展にもご期待いただきたいと思います。現在進めているのは、放射線による製品の改質・改良の研究です。最近では、有害物質であるホルムアルデヒドを吸着する機能が付加された放射線改質材料が開発されたように、物質の中には放射線の照射によって性能が変化するものがあります。また、放射線を照射する対象の物質を改良する研究も進めています。当社より滋賀県立大学に共同研究を持ちかけて進めた、放射線照射に向かない高分子材料に放射線への耐性を持たせる研究では、特許を出願しました。

Q.最後に、放射線技術に関わるこれからの若者へのメッセージをお願いします。

東日本大震災により、原子力・放射線利用についてネガティブなイメージが強くなってしまいましたが、放射線は非常に多くの分野で利用され、今や世の中になくてはならない技術として定着しています。放射線技術に関わる私たちの役割は、放射線を正しく理解し、正しく恐れ、その上で安全に使いこなすことです。放射線技術を上手に活用し、共に社会へ貢献していきましょう。

株式会社 コーガアイソトープ

会社概要

1981年にガンマ線照射の受託サービス会社として設立。現在はガンマ線照射による放射線滅菌・殺菌及び高分子材料の改質、微生物試験(無菌性の試験・菌数測定など)を行う。
確かな実績とノウハウを基に、幅広い製品に対応した照射から、滅菌条件の検討、微生物試験・研修の受託まで、滅菌におけるトータルサービスを行っている。

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